Bluebird~恋と愛のちがいについて~

自分の恋愛やセックスを振り返って整理していこうと思います♡

二十二歳 志賀さん(21)

月曜日の朝、志賀さんと部屋を出た。

彼は私に合鍵を渡してくれた。

付き合い始めた頃に渡してくれようとしたけれど、私は受け取らなかった。

付き合ってはいても、勝手に部屋入れる状態には抵抗があった。



その時も



「変わってるな。」



と言われたことを思い出した。




私は歩いて職場に向かった。

15分ほどで着く距離だった。




母親を警戒していたが、居なかった。

着替えて通常の仕事をした。

志賀さんは心配して午前中に窓口に寄ってくれた。




仕事が終わった時も母の車はなかった。

そうして何事もなく毎日が過ぎていた。





「分かってくれたのかもしれない。」





そんな淡い気持ちが芽生え始めて、期待した。

今ならちゃんと話し合えるかもしれない、そう考えていた。





志賀さんとの生活は穏やかだった。

3食きちんと食べて、規則正しく眠って起きる。

家事は二人で行い、雪と遊んだ。

こんなふうに一緒に居られるなら、結婚することは幸せに思えた。





タクオには仕事帰りに公衆電話から連絡を入れていた。

彼女が来る可能性が高い週末は避けた。

彼の声を聞くとホッとした。





家出して3週目の日曜日に部屋のチャイムが鳴った。


母だった。


志賀さんが部屋に通すと、何も言わずに茶封筒をテーブルに置いた。

彼が「失礼します。」と言いながら、その封筒を開いて目を通す。

中身は興信所の報告だった。




「お宅のお母さんは水商売してたんやね。で、お父さんと不倫して後妻に納まったんやねぇ。お金があってもお家柄に品性がありませんわ。そんな家にうちの娘を嫁がせるつもりはありません。」



続けて



「お父さんはまだまだお盛んなようで。女好きの血はお父さん譲りですか。遊ぶならこんな世間知らずの田舎者じゃなくて、他にも沢山いてるでしょう。」



と早口で捲し立てた。



志賀さんの顔色が変わったのが分かる。

私は母に「止めて。」と頼んだ。



私に向かって「恥知らず」だの「パンパン」だの矢継ぎ早に怒鳴り散らす。




志賀さんが



「娘さんは素敵な人ですよ。優しくて思いやりがあって、真面目でちゃんとしていて。きちんとしたお嬢さんです。」


そう言うと



「男の見た目に騙されるバカな娘ですわ。短大で勉強して来たのは男をたらし込むことだけ。現に結婚前に男の家に転がり込んで。もうキズもんやから、良い縁談なんて無理でしょうけど。」



と私を睨み付けた。




恥ずかしかった。

彼の顔が見られない。




私の腕を引っ張って連れ帰ろうとする。

全力で振り払うと


「言うこと聞かないなら、縁切るで。」


と言ってくる。

いつものことだった。



「それでいい。縁切ってくれてえぇよ。」



私は母を見ながら言った。

母の顔色を伺う生活は限界だった。

もうまっぴらだ。


母の背中を押して部屋から出て貰う。

母の靴を外に蹴り出した。


志賀さんが


「冷静に話し合おう」


と間に入ってくれたけれど、冷静に話し合える人ならばこんなことは普通しない。


ドアを閉めるとドンドンと叩いてくる。


「親のお陰で入れたんやから、銀行は辞めろ。」


だの


「売女」


だのと叫んでいた。



どうしてこの人はこうなんだろうか。




母が私に与えてくれたことに、私から望んだことは何一つなかった。

望んだことは全て切り捨てられて来た。

母が敷いた線路の上からはみ出さないように生きることだけが母から愛される唯一の手段だった。

私のことなんて見ていない。

母にとっての私は世間での自分の評価を上げる道具でしかないのだ。





テストは100点でなければならなかった。

何をしてもトップでなければ叱られた。

部活でレギュラーから外された時には3ヶ月口を訊いて貰えなかった。

胸が成長し始めると「みっともない」とか「男を誘ってる」と言われ、私はずっとさらしを巻いていた。




私はそこまで価値がない人間なのだろうか。

私は自己評価と自己肯定力が著しく低いらしい。タクオやジャスミンに言われて来たことを思い出す。

評価は人がするもんや、と育てられてきた。

でも、私よりも勉強や運動が出来なくても、お母さんに大切にされている友達は沢山いた。

私はそんな親子関係がずっと羨ましかった。




短大に入学して実家から遠く離れて生活することで、私は初めて自分だけで考え、自分の気持ちを優先することが出来た。

それまでは何も考えずにいることしか自分を守る術がなかった。




もう自由になりたかった。




二十二歳 志賀さん(20)

9月になっても母は私を無視し続けた。

話し合いなんて程遠い。

お見合いに関しては、仕方なく一度だけ会って断る私に対して彼女は半狂乱で責め立てて来た。

最終的に勝手に良い返事をして、私はデートする羽目になっていた。



悪い人達では無かったのかも知れない。

でも、噛み合わない会話や食事のマナーの悪さ、自分や家族の自慢話に私は無口になるより他なかった。




「大人しくて、控えめなお嬢さん」




と変な評価がついていく。

面倒臭かった。



そんな中で私の精神バランスは崩れ始めていた。急に涙が止まらなくなったり、母と接触すると手が震えた。

何とかしなければ・・・そう思っても、病院に行く自由さえ私には無かった。





母に言ったとしても


「弱い人間」


として片付けられるだけだ。





参ってしまって、タクオに連絡した。


彼は私に


「家を出ろ。」


と言った。


「ルルの人生だよ。お母さんの人生じゃない。家を出て、自分の人生を歩けばいい。行き場に困ったら俺がいるよ。大丈夫。」




そう言ってくれた。




すぐに私は当面の着替えと必要な物をまとめた。

明日は日曜日だ。

丁度良かった。

通帳や保険証、クレジットカード類もすべて詰め込む。



手紙を書いた。

手紙と言っても



「暫く一人で考えます。結論が出たら帰りますので、放っておいて下さい。」


という簡単な置き手紙だ。



電話を隠して部屋を整えた。

部屋にかけてあった鍵を外す。

夜中に部屋の窓から屋根をつたい、隣の塀を使って家から抜け出した。

心臓が口から飛び出そうな程ドキドキした。



公衆電話から志賀さんに電話して迎えに来て貰った。

夜中の2時過ぎに連絡したにも関わらず、すぐに来てくれて感謝しかなかった。

アラレちゃん眼鏡で髪には寝癖がついていた。



志賀さんに


「しばらく東京の友達の所に行ってくる。」


と言うと反対された。



「俺の家に居ればいい。」



そう言ってくれた。

でも、それでは志賀さんに迷惑を掛けてしまう。

私は迷っていた。



うちの両親は志賀さんの住まいがどこにあるかを知らない。

知らないけれど、調べればすぐに分かるだろう。



「二人で考えてこれからのことを決めよう。許してもらえへんかったら、それはその時に考えよう。絶対に迷惑やなんて思わへんから大丈夫や。」



そう言ってくれた。



私達は1ヶ月ぶりにセックスした。



雪は相変わらずシャーシャー言って私達の周りをグルグル回っていて可愛かった。

抱き締めて匂いを嗅ぐとクルクルと喉を鳴らしていた。




食事が喉を通らず、体重は減る一方で仕事の制服のウエストはグスグスだった。

ただ、バストがある分洋服を着ていれば痩せたことは分かりにくかった。




私の裸を見て


「ほんま折れそうやから、ちゃんと食べて太ろうな。明日は美味しいもの食べにいこ。」


そう言ってくれた。


志賀さんは、前から私にもう少し太った方がいいと言っていた。

そこから更に痩せてしまったのだから、心配されても仕方なかった。


私が元気がなかったせいか


「ルル、黒い革のつなぎを買ったるわ。忘年会はリアル不二子ちゃんで出し物したらウケるで。」


とふざけたことも言ってもいた。


「絶対にイヤ。」


私が笑うとホッとしたような顔をした。

志賀さんは優しかった。



志賀さんに抱きついて眠った。

明け方目が覚めたけれど、彼の規則正しい寝息が私を安心させてくれた。




朝になったら実家は大騒ぎだろう。

そう考えると気持ちが沈む。




でも。

私はもう大人なのだ。

親がいなくても仕事があれば生活出来る。

自分のことは自分で決めて良いはずだ。


育てて貰った恩義はあるけれど、冷たい言い方をしてしまえば子どもを産んだら育てる責任が親にはある。


嫌ならば縁を切ってくれればいい。

私は新しい家族を作ればいいのだ。

それだけのことだ。


そう思ってまた目を閉じた。




二十一歳 志賀さん(19)

私は志賀さんにお見合いのことを話した。

彼は黙って聞いていた。

母親が吐いた暴言に近い言葉は伏せた。



話終えると



「挨拶に行くわ。ご両親のご予定を聞いておいて。」



と言ってくれた。



「その前にうちの親父に会ってくれへん?」




とも言われた。


私は頷いた。



8月最初の水曜日に私は志賀さんのご両親と食事をした。


志賀さんのお父様は明るくて快活な印象だった。

ガソリンスタンドと飲食店を幅広く経営されていることは女子行員の噂話で知っていたが、仕立ての良いスーツが似合う品の良さと都会っぽさは東京の人のようだった。


お母様は相変わらず綺麗な方だったが、この日はほとんど喋らなかった。

ただ、舐めるように見られて緊張してしまう。



「結婚は当人同士のことやから。お前がルルさんと結婚したいならそれでいい。」



とおっしゃって下さった。

ホッとした。

後はうちの両親だけだ。




私は母が機嫌が良い時を見計らって、付き合っている人がいることを話した。



案の定、大激怒だった。



怒らせない為に付き合い始めてまだ間もないことにしていたが、付き合う前に話さなかったことに怒り始めた。


一応早帰りの水曜日にだけデートしていたと話したけれど、親に嘘をついて男と会っていたなんて・・・と天を見上げてから泣き崩れた。



どこの誰か?を聞かれて話すと


「成金かっ!」



と人の噂を出してきて並べる始末だった。



そしてあちらのご両親の承諾は得ていると話した途端



「順番が違うやろーっ‼なんであっちが先なんやッ‼」




と叫んで、台拭きを投げつけられる。

いつものことだけれど・・・気持ちが沈んで溜め息が出そうになる。






父?

父は基本的に母の意見に従う人だったので、何も言わないってことは同じ意見なのだろう。

いや、何も考えていないのかもしれない。




次の日から私の通勤は親の送迎になった。

帰りは定時になると母親の車が従業員出入り口に張り付いていた。

部屋の電話も外され、平日の夜も休みの日も家から出られず、母が選んだ人とお見合いさせられる。




他人に話すと信じて貰えないようなことだけれど、うちの母親はそういう人なのだ。

昔から。



でも、まぁ。

そんな中で育って来た私は黙ってそれを受け入れるような人間ではなく・・・

自分の部屋には鍵を付けて、同期に頼んで電話機を買ってきて貰い部屋に置いた。

普段は営業が使う裏口から出て志賀さんにも短い時間だが会っていた。



志賀さんは


「とにかく一回会って話したい。」


と言ってくれていた。


が、事は簡単に運ばなかった。



最悪だった。