二十二歳 志賀さん(20)
9月になっても母は私を無視し続けた。
話し合いなんて程遠い。
お見合いに関しては、仕方なく一度だけ会って断る私に対して彼女は半狂乱で責め立てて来た。
最終的に勝手に良い返事をして、私はデートする羽目になっていた。
悪い人達では無かったのかも知れない。
でも、噛み合わない会話や食事のマナーの悪さ、自分や家族の自慢話に私は無口になるより他なかった。
「大人しくて、控えめなお嬢さん」
と変な評価がついていく。
面倒臭かった。
そんな中で私の精神バランスは崩れ始めていた。急に涙が止まらなくなったり、母と接触すると手が震えた。
何とかしなければ・・・そう思っても、病院に行く自由さえ私には無かった。
母に言ったとしても
「弱い人間」
として片付けられるだけだ。
参ってしまって、タクオに連絡した。
彼は私に
「家を出ろ。」
と言った。
「ルルの人生だよ。お母さんの人生じゃない。家を出て、自分の人生を歩けばいい。行き場に困ったら俺がいるよ。大丈夫。」
そう言ってくれた。
すぐに私は当面の着替えと必要な物をまとめた。
明日は日曜日だ。
丁度良かった。
通帳や保険証、クレジットカード類もすべて詰め込む。
手紙を書いた。
手紙と言っても
「暫く一人で考えます。結論が出たら帰りますので、放っておいて下さい。」
という簡単な置き手紙だ。
電話を隠して部屋を整えた。
部屋にかけてあった鍵を外す。
夜中に部屋の窓から屋根をつたい、隣の塀を使って家から抜け出した。
心臓が口から飛び出そうな程ドキドキした。
公衆電話から志賀さんに電話して迎えに来て貰った。
夜中の2時過ぎに連絡したにも関わらず、すぐに来てくれて感謝しかなかった。
アラレちゃん眼鏡で髪には寝癖がついていた。
志賀さんに
「しばらく東京の友達の所に行ってくる。」
と言うと反対された。
「俺の家に居ればいい。」
そう言ってくれた。
でも、それでは志賀さんに迷惑を掛けてしまう。
私は迷っていた。
うちの両親は志賀さんの住まいがどこにあるかを知らない。
知らないけれど、調べればすぐに分かるだろう。
「二人で考えてこれからのことを決めよう。許してもらえへんかったら、それはその時に考えよう。絶対に迷惑やなんて思わへんから大丈夫や。」
そう言ってくれた。
私達は1ヶ月ぶりにセックスした。
雪は相変わらずシャーシャー言って私達の周りをグルグル回っていて可愛かった。
抱き締めて匂いを嗅ぐとクルクルと喉を鳴らしていた。
食事が喉を通らず、体重は減る一方で仕事の制服のウエストはグスグスだった。
ただ、バストがある分洋服を着ていれば痩せたことは分かりにくかった。
私の裸を見て
「ほんま折れそうやから、ちゃんと食べて太ろうな。明日は美味しいもの食べにいこ。」
そう言ってくれた。
志賀さんは、前から私にもう少し太った方がいいと言っていた。
そこから更に痩せてしまったのだから、心配されても仕方なかった。
私が元気がなかったせいか
「ルル、黒い革のつなぎを買ったるわ。忘年会はリアル不二子ちゃんで出し物したらウケるで。」
とふざけたことも言ってもいた。
「絶対にイヤ。」
私が笑うとホッとしたような顔をした。
志賀さんは優しかった。
志賀さんに抱きついて眠った。
明け方目が覚めたけれど、彼の規則正しい寝息が私を安心させてくれた。
朝になったら実家は大騒ぎだろう。
そう考えると気持ちが沈む。
でも。
私はもう大人なのだ。
親がいなくても仕事があれば生活出来る。
自分のことは自分で決めて良いはずだ。
育てて貰った恩義はあるけれど、冷たい言い方をしてしまえば子どもを産んだら育てる責任が親にはある。
嫌ならば縁を切ってくれればいい。
私は新しい家族を作ればいいのだ。
それだけのことだ。
そう思ってまた目を閉じた。