二十歳 ジャスミンとタクオ(59)
私は困った顔をしていたと思う。
タクオは涼しい顔をして隣に座ると私のスーツケースを自分の膝の間に引き寄せて、私の手に自分の手を重ねた。
手を繋いで電車に乗り込んだ。
流れて行く外の景色を黙って見ていた。
私は幸せだった。
今出来る精一杯のことをしてくれることが嬉しかった。
新幹線で帰るつもりだったけれど、私は夜行バスに切り換えた。
タクオと二人分のチケットを予約した。
ロッカーにスーツケースを入れて、街に出る。
母親に電話しなければならない。
恐らく小言を聞かねばならないだろう。
タクオには聞かれたくなかった。
30分の別行動をお願いすると、タクオは察してくれた。
うちの母の面倒臭さを私の話で知っていた。
私は持病の喘息の発作が出て移動が不安だから、と帰宅を明日にしたことを伝えた。
案の定、電話口でヒステリックに私を責め立てる。私は耳から受話器を離して、嵐が過ぎ去るのを待った。
体調が悪いと言っての反応がこれだ。
本当のことを言ったら殺されるかも知れない。
「喘息が出ても、明日は這ってでも帰って来い。」
母親は、そう怒鳴るとすごい音を立てて電話を切った。
溜め息が出る。
何とか明日までタクオと居られる安堵の溜め息だった。
帰ったら、お説教が待っているだろう。
電話ボックス横のガードレールにもたれ掛かる。
そろそろ30分だ。
5分遅れて、タクオが走って来た。
「ごめん。お母さん、大丈夫?」
と聞いてくる。
「大丈夫だよ。」
私は嘘をついた。
タクオに気を遣わせたくなかった。
夜行バスの時間まで9時間ある。
「何か食べよう。」
手を繋いで歩き出す。
あまりお腹は空いてなかった。
山手線に乗って渋谷に移動する。
マクドナルドで軽く済ませると、表参道に向かって歩く。裏道にある雑貨屋や古着屋を覗いて、行き先を決めずに歩いた。
私とタクオを知る人は誰もいない。
誰の目も気にする必要がなかった。
ただそれだけですごく楽しかった。
表参道を往復して渋谷に戻り、ルノアールでお茶をする。
タクオがリュックから白いリボンがかかったブルーの小箱を取り出して、テーブルに置いた。
ティファニーだった。
「開けてみて。」
タクオに言われて、リボンをほどく。
箱を開けるとティファニーブルーの小さな巾着にシルバーのティアドロップピアスが入っていた。
「ありがとう。」
ピアスを付け替えた。
「大切にする。」
顔を寄せて隠れてキスをした。
小さな雫が顔の横で揺れたのが分かった。